行列とは
行列
$$A=\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \ldots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \ldots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \ldots & a_{mn} \end{pmatrix}=(a_{ij}) $$のように \(mn\) 個の数 \(a_{ij}\)\((i=1,2,..,m, j=1,2,..,n)\) を長方形の形に並べたものを行列 という。この行列 \(A\) を \(\boldsymbol{(m,n)}\) 型行列 といい、各 \(a_{ij}\) を \(A\) の成分 という。 成分が集合 \(\mathbb K\) の要素であるような \({(m,n)}\) 型行列全体を \(M_{m,n}(\mathbb K)\) で表す。( \(\mathbb K\) が文脈から明らかなときは省略して \(M_{m,n}\) で表す。)
行列の成分は、特定の集合に制限して考えるのが普通です。成分の集合は記号\(\mathbb K\)で表します。
具体例
以下の集合は、それぞれ \((m,n)\) 型の、整数行列全体、有理行列全体、実行列全体、複素行列全体を表す。$$ M_{m,n}(\mathbb Z), M_{m,n}(\mathbb Q), M_{m,n}(\mathbb R), M_{m,n}(\mathbb C)$$
\((n,n)\) 型行列→ \(n\) 次正方行列 \(\mathbb K \) 成分 \(n\) 次正方行列→ \(M_n(\mathbb K)\)
\((1,n)\) 型行列の→ \(n\) 項列ベクトル \(\mathbb K \) 成分 \(n\) 項列ベクトル→ \(\mathbb K^n\)
\((n,1)\) 型行列→ \(n\) 項行ベクトル
\(\mathbb K \) の要素→スカラー
しばらく、\(\mathbb K \) は \(\mathbb Z\) ではなく \(\mathbb Q,\mathbb R, \mathbb C\) などのようなものを想定して議論が進みます。具体的には \(\mathbb K\) は足し算、引き算、掛け算ができ、0でない数で割ることができる(\(a\ne 0\) ならば \(a^{-1}\)が存在する)ものとして考えます。このような性質は\(\mathbb K\)が「体である」というように表現されます。実は \(\mathbb K \) は「体」であれば何でもよいです。ただし、\(\mathbb R\) や \(\mathbb C\) でなければ成り立たない重要な内容もあるので、それらについてはその都度明言します。
行列の和
行列に和の演算を定義できます。これは非常に単純です。
行列の和
同じ \((m,n)\) 型の行列 \(A=(a_{ij}), B=(b_{ij})\) に対し、行列の和 が次で定義される。$$ A+B=(a_{ij}+b_{ij}) $$すなわち、$$ \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \ldots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \ldots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \ldots & a_{mn} \end{pmatrix}+\begin{pmatrix} b_{11} & b_{12} & \ldots & b_{1n} \\ b_{21} & b_{22} & \ldots & b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ b_{m1} & b_{m2} & \ldots & b_{mn} \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} a_{11}+b_{11} & a_{12}+b_{12} & \ldots & a_{1n}+b_{1n} \\ a_{21}+b_{21} & a_{22}+b_{22} & \ldots & a_{2n}+b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ a_{m1}+b_{m1} & a_{m2}+b_{m2} & \ldots & a_{mn}+b_{mn} \end{pmatrix} $$
行列の和の性質を述べます。明らかなものが多いですが、後で述べる行列の積の性質と比較したいと思います。
行列の和の性質
交換法則 $$A+B=B+A$$
結合法則 $$(A+B)+C=A+(B+C)$$
単位元の存在 ある特別な行列 \(O \in M_{m,n}\) が存在して、任意の \(A \in M_{m,n}\) に対し、$$ A+O=A, O+A=A$$
逆元の存在 任意の \(A \in M_{m,n}\) に対して、ある行列 \(B \in M_{m,n}\) が存在して、$$ A+B=O, B+A=O$$
交換法則と結合法則が成り立つのは明らかです。実際に証明するならば、\(\mathbb K\) における和に対して、交換法則、結合法則が成り立っていることを用います。
和に関する単位元→「足しても相手を変えないもの」 \(O=\begin{pmatrix} 0 & 0 & \ldots & 0 \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \end{pmatrix} O_{m,n}=\begin{pmatrix} 0 & 0 & \ldots & 0 \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \end{pmatrix}\) (型を表記する場合) この \(O, O_{m,n}\) のことは「オー」と読んだり、\(\boldsymbol{(m,n)}\)型ゼロ行列 (零行列)と呼んだりします。
和に関する逆元→「足すことで相手を \(O\) にしてしまうもの」 行列 \(A=(a_{ij})\) の和に関する逆元は \(-A=(-a_{ij})\) どんな行列 \(A\) に対しても、和に関する逆元は、ちゃんと存在することが分かります。
行列の積
行列に積の演算も定義できます。これは慣れるまでは複雑にみえるかもしれませんが、コツがあるので、前々回の記事 で確認してください。
行列の積
\((m,\boldsymbol{n})\) 型行列 \(A=(a_{ij})\) と \((\boldsymbol{n},p)\) 型行列 \(B=(b_{ij})\) に対し、行列の積 が次で定義される。$$AB=(c_{ij})$$ただし、この \(c_{ij}\) は次で計算される値である。$$ \begin{aligned} c_{ij}&=\sum^n_{k=1}a_{ik}b_{kj}\\ &=a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+\dots+a_{in}b_{nj} \end{aligned}$$
行列の積の性質を述べます。「行列の和」と比較しましょう。
行列の積の性質
交換法則が一般には成り立たない
結合法則 $$(AB)C=A(BC)$$
単位元の存在 ある特別な行列 \(E_m\in M_m\) と \(E_n\in M_n\) が存在して、任意の行列 \(A\in M_{m,n}\) に対し、$$ E_mA=A, AE_n=A $$
逆元は存在するとは限らない
行列の和 \(A+B\) 行列の積 \(AB\) 1.交換法則 〇 × 2.結合法則 〇 〇 3.単位元の存在 〇 〇 4.逆元の存在 〇 ×
それぞれ説明していきます。
1.積の交換法則が一般には成り立たない ことについて
\((m,n)\) 型行列 \(A=(a_{ij})\) と \((n,p)\) 型行列 \(B=(b_{ij})\) に対し、積 \(AB\) は定義できる。一方で、
\(m\neq p\) のときは、積 \(BA\) は定義できない。
\(m=p\neq n\) のときは、積 \(BA\) は定義できるが、型が異なるため $$AB\neq BA$$
\(m=p=n\) のときは、積 \(BA\) は定義でき、型は一致するが、次のいずれの場合もあり得る。 $$AB=BA, AB\neq BA$$
具体例
積 \(AB\) が定義できても、積 \(BA\) が定義できないケース:$$A=\begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} $$とするとき、 \(A\) は\((2,3)\) 型行列、 \(B\)は \((3,1)\) だから積 \(AB\) は定義できるが、 \(2\neq 1\) だから積 \(BA\) は定義できない。ちなみに、$$ AB=\begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} 1 \\ 4 \end{pmatrix} $$となり、積 \(AB\) は \((2,1)\) 型行列になる。
具体例
積 \(AB,BA\) がともに定義できるが、型が一致しないケース:$$A=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 1 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 1 & 1 & 1 \end{pmatrix} $$とするとき、 \(A\) は\((3,2)\) 型行列、 \(B\)は \((2,3)\) だから積 \(AB\) は定義でき、さらに積 \(BA\) も定義できるが、$$ \begin{aligned} AB &=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 1 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 1 & 1 & 1 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{pmatrix}\\ BA &=\begin{pmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 1 & 1 & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 1 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 3 & 0 \end{pmatrix} \end{aligned} $$となり \(AB\) は \(3\) 次正方行列、 \(BA\) は \(2\) 次正方行列になるので、これらの型は一致しない。
具体例
積 \(AB,BA\) がともに定義でき、型も一致するケース: $$A=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}$$とするとき、 \(A,B\) はそれぞれ \(2\) 次正方行列だから、積 \(AB,BA\) はいずれも定義できるが、 $$\begin{aligned}AB &= \begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0 & 0 \\ 1 & 0\end{pmatrix}= \begin{pmatrix}0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix} \\ BA &=\begin{pmatrix}0 & 0 \\ 1 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}= \begin{pmatrix}0 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}\end{aligned}$$となり、それぞれの型は一致するが、 \(AB\neq BA\) となることが分かる。
一方で、$$A=\begin{pmatrix} 1 & 3 \\ 0 & 2 \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} 3 & 3 \\ 0 & 4 \end{pmatrix}$$とするとき$$\begin{aligned}AB&=\begin{pmatrix} 1 & 3 \\ 0 & 2 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 3 & 3 \\ 0 & 4 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}3 & 15 \\ 0 & 8 \end{pmatrix}\\BA&=\begin{pmatrix} 3 & 3 \\ 0 & 4 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 1 & 3 \\ 0 & 2 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}3 & 15 \\ 0 & 8 \end{pmatrix}\end{aligned}$$となり、積 \(AB,BA\) はそれぞれ定義でき、しかも \(AB=BA\) となることが分かる。
2.積の結合法則
$$ A=(a_{ij}) \in M_{m,n}, B=(b_{ij}) \in M_{n,p}, C=(c_{ij}) \in M_{p,q} $$とするとき、 \((AB)C=A(BC)\) が成り立つ。これを積の結合法則という。
問題
行列の積の結合法則を証明せよ。
(証明)$$AB=(s_{ij}), BC=(t_{ij})$$とおく。行列 \((AB)C\) の\((i,j)\) 成分は$$ \begin{aligned} \sum_{k=1}^ps_{ik}c_{kj} &=\sum_{k=1}^p(\sum_{l=1}^na_{il}b_{lk})c_{kj} \\ &=\sum_{k=1}^p\sum_{l=1}^na_{il}b_{lk}c_{kj} \end{aligned} $$一方で、行列 \(A(BC)\) の\((i,j)\) 成分は$$ \begin{aligned} \sum_{l=1}^na_{il}t_{lj} &=\sum_{l=1}^na_{il}(\sum_{k=1}^pb_{lk}c_{kj}) \\ &=\sum_{k=1}^p\sum_{l=1}^na_{il}b_{lk}c_{kj} \end{aligned} $$よって、両辺の\((i,j)\) 成分が一致するので、結合法則が証明できた。
行列の積は結合法則が成り立つので、今後は \((AB)C, A(BC)\) を \(ABC\) と書き表すことにします。3つの行列の積は色々と使われますが、具体的には2次形式 などがあります。
2次形式 の簡単な例
2次の単項式の和を2次形式 という。具体的には \(x^2+4xy+y^2, x^2+4xy+y^2-10yz+3z^2\) などがある。これらは行列を用いて次のように表せる。$$ \begin{aligned} &x^2+4xy+y^2 =\begin{pmatrix}x & y\end{pmatrix} \begin{pmatrix}1 & 2 \\2 & 1\end{pmatrix} \begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix} \\ &x^2+4xy+y^2-10yz+3z^2 =\begin{pmatrix}x & y & z\end{pmatrix} \begin{pmatrix}1 & 2 & 0 \\2 & 1 & -5 \\ 0 & -5 & 3\end{pmatrix} \begin{pmatrix}x \\ y \\ z\end{pmatrix} \end{aligned} $$
2次形式は多変数関数の極大値・極小値に関する考察で必要になります。高校までは1変数関数の極大値・極小値を習ったと思いますが、多変数関数の極大値・極小値を考えるには行列を用いると上手く説明できるのです。今後をお楽しみに。
3.積の単位元の存在
ある特定の正方行列 \(E_m\in M_m\) と \(E_n\in M_n\) が存在して、任意の行列 \(A\in M_{m,n}\) に対し、$$ E_mA=A, AE_n=A $$
積の単位元→ 「積をとっても相手を変えないもの」 \(E=\begin{pmatrix} 1 & & \\ & \ddots & \\ & & 1\end{pmatrix}, E_n=\begin{pmatrix} 1 & & \\ & \ddots & \\ & & 1\end{pmatrix}\) (行列の型を表記する場合) ただし、何も書かないところは \(0\) が並んでいることを表しています。 \(E=\begin{pmatrix} 1 & & \huge{O} \\ & \ddots & \\ \huge{O} & & 1 \end{pmatrix}\) のように大きな \(O\) や \(0\) を書いて表す場合もあります。
問題
次の行列の積を計算せよ。
①\(\begin{pmatrix}a & b \\ c & d \end{pmatrix} \begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}\) 答.\(\begin{pmatrix}a & b \\ c & d \end{pmatrix}\)
②\(\begin{pmatrix}1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix}a & b & c\\ d & e & f \\ g & h & i \end{pmatrix}\) 答.\(\begin{pmatrix}a & b & c\\ d & e & f \\ g & h & i \end{pmatrix}\)
単位行列を成分表示する際、\(E=(\delta_{ij})\) と書く場合が多いです。この \(\delta_{ij}\) をクロネッカーのデルタ といいます。
クロネッカー(Kronecker)のデルタ \(\delta_{ij}\)
$$\delta_{ij}=\begin{cases}1 (i=j)\\ 0 (i\neq j)\end{cases}$$
クロネッカーのデルタを用いて単位行列が実際に行列の積の単位元のになっていることを証明しましょう。
問題
\(E_m=(\delta_{ij}) \in M_m, E_n=(\delta_{ij}) \in M_n\)とおくとき、任意の行列 \(A=(a_{ij})\in M_{m,n}\)に対し、$$ E_mA=A, AE_n=A $$が成立していることを示せ。
(略証) \(E_mA\) の \((i,j)\) 成分は、$$ \sum_{k=1}^m\delta_{ik}a_{kj}=\delta_{ii}a_{ij}=a_{ij} $$すなわち、 \(A\) の\((i,j)\) 成分と一致することが分かる。よって \(E_mA=A\) が成り立つことが示せた。 \(AE_n=A\) についても同様である。
4.積の逆元が存在するとは限らない ことについて
①\(m\neq n\) のとき、行列 \(A\in M_{m,n}\) に対して、次を共に満たすような行列 \(B\in M_{n,m}\) は存在しない 。$$ AB= E_m, BA= E_n $$②\(m=n\) のとき、ある特別な行列たち \(A\in M_n\) に限り、次を共に満たすような行列 \(B\in M_n\) が存在する 。$$ AB= E_n, BA= E_n$$
①をちゃんと証明するにはランクの概念を用いるとよいですが、まだランクの説明はしていないので、省略します。 ②の特別な行列 たちのことを正則な行列 といいます。また、このときの行列 \(B\) を \(A\) の逆行列 といい、 \(B=A^{-1}\) と表します。ランク、正則な行列、逆行列については次回詳しく解説します。ここでは②の具体的な例を挙げておきます。
具体例
行列 \(\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}\) は正則ではない。なぜならば、$$\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}p & q \\ r & s \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}p & q \\ 0 & 0\end{pmatrix}$$となり、 \((2,2)\) 成分をみれば \(E=\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix}\) と一致することはないからである。
行列 \(\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}\) は正則である。なぜならば、$$\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}p & q \\ r & s \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}5p & 5q \\ 3r & 3s\end{pmatrix}$$において、 \(p=\frac{1}{5}, q=0, r=0, s=\frac{1}{3}\) とおけば、$$\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\frac{1}{5} & 0 \\ 0 & \frac{1}{3} \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix}=E$$となり、$$\begin{pmatrix}\frac{1}{5} & 0 \\ 0 & \frac{1}{3} \end{pmatrix}\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix}=E$$も成り立つことが分かる。よって、\(\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}\) に対して、 逆行列が存在し、 \(\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}^{-1}=\begin{pmatrix}\frac{1}{5} & 0 \\ 0 & \frac{1}{3}\end{pmatrix}\) となることが分かる。逆行列が存在することが言えたので、行列 \(\begin{pmatrix}5 & 0 \\ 0 & 3\end{pmatrix}\) は正則である。
正則かどうかをもっと簡単に判定することができます。次の問題を見てください。
問題
2次正方行列 \(A=\begin{pmatrix}a & b \\ c & d\end{pmatrix}\) に対し、次が成り立つことを示せ。
① \(ad-bc\neq 0\) → \(A\) は正則である。 ② \(ad-bc=0\) → \(A\) は正則でない。
(証明) \(\tilde{A}=\begin{pmatrix}d & -b \\ -c & a\end{pmatrix}\) とおく。$$ \begin{aligned} &\tilde{A}A=\begin{pmatrix}ad-bc & 0 \\ 0 & ad-bc \end{pmatrix}\\ &A\tilde{A}=\begin{pmatrix}ad-bc & 0 \\ 0 & ad-bc \end{pmatrix} \end{aligned} $$であるから、\(ad-bc=0\) かどうかによって状況は変わる。
① \(ad-bc\neq 0\) ならば、\(B=\frac{1}{ad-bc}\tilde{A}\) とおけば、 \(B\)は \(A\) の逆行列になる。 ② \(ad-bc=0\) ならば、\(A\) は正則でない。もし正則だと仮定すると逆行列 \(B\) が存在することになり、 \(AB=E\) となるが、両辺の左から \(\tilde{A}\) をかけると、$$ \begin{aligned} \tilde{A}AB&=\tilde{A}E\\ OB&=\tilde{A}\\ O&=\begin{pmatrix}d & -b \\ -c & a \end{pmatrix} \end{aligned} $$より、 \(a=b=c=d=0\) となる。つまり、 \(A=O\) となり、 \(AB=E\) に代入すれば、\(OB=E\) が成り立つ。したがって、 \(O=E\) となり、対角成分を見れば \(1=0\) となり矛盾することがわかる。ゆえに \(A\) は正則でない。
上の問題からわかるように2次正方行列の正則性は「\(ad-bc\neq 0\)」と同値です。
2次正方行列の正則性と逆行列
2次正方行列 \(A=\begin{pmatrix}a & b \\ c & d\end{pmatrix}\) に対して、
\(ad-bc\) を2次正方行列 \(A=\begin{pmatrix}a & b \\ c & d\end{pmatrix}\) の行列式 (determinant)といい、次のように表す。$$\det A=ad-bc$$
次の行列を \(A\)の余因子行列 という。$$\tilde A=\begin{pmatrix}d & -b \\ -c & a\end{pmatrix}$$
\(\det A\neq 0\) のときに限り 、行列 \(A\) は正則になる。 逆行列 \(A^{-1}\) は余因子行列 \(\tilde A\) を用いて、$$ A^{-1}=\frac{1}{\det A}\tilde A=\frac{1}{ad-bc}\begin{pmatrix}d & -b \\ -c & a\end{pmatrix} $$のように求められる。
3次以上の行列式や余因子行列は詳しく解説する予定です。現段階では2次正方行列に関して理解しておけば十分です。以下の具体例で行列式の有用性を感じてみてください。
具体例
行列 \(A=\begin{pmatrix}2 & 3 \\ 1 & 3 \end{pmatrix}\) は正則である。 なぜならば、\(\det A=2・3-3・1=3\neq 0\) だからである。 逆行列は次のようになる。$$A^{-1}=\dfrac{1}{3}\begin{pmatrix}3 & -3 \\ -1 & 2 \end{pmatrix}$$
行列 \(A=\begin{pmatrix}\cos \theta & -\sin \theta \\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}\) (平面の原点周りの \(\theta\) 回転を表す行列)は正則である。 なぜならば、\(\det A=\cos \theta・\cos \theta-(-\sin \theta)・\sin \theta=1\neq 0\) だからである。 逆行列は次のようになる。つまり、\(-\theta\) 回転を表す行列となる。$$A^{-1}=\begin{pmatrix}\cos \theta & \sin \theta \\ -\sin \theta & \cos \theta\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cos (-\theta) & -\sin (-\theta) \\ \sin (-\theta) & \cos (-\theta)\end{pmatrix} $$
行列 \(A=\begin{pmatrix}2 & 3 \\ 2 & 3 \end{pmatrix}\) は正則でない。 なぜならば、\(\det A=2・ 3-3・2=0\) だからである。
分配法則
行列の和と積の間には分配法則が成り立っています。
分配法則
①行列 \(A\in M_{m,n}, B,C\in M_{n,p}\) に対して次の式が成り立つ。$$A(B+C)=AB+AC$$ ②行列 \(A,B\in M_{m,n}, C\in M_{n,p}\) に対して次の式が成り立つ。$$(A+B)C=AC+BC$$2つの式を合わせて分配法則 という。
行列のスカラー倍
すでに2次正方行列の逆行列を表すところで使ってしまっていますが、行列のスカラー倍が定義できます。
行列のスカラー倍
\(c\in\mathbb K, A=(a_{ij})\in M_{m,n}(\mathbb K)\) に対し、\(A\) の\(c\) 倍を次で定義する。$$ cA=(ca_{ij}) $$すなわち、$$ c\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \ldots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \ldots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \ldots & a_{mn} \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} ca_{11} & ca_{12} & \ldots & ca_{1n} \\ ca_{21} & ca_{22} & \ldots & ca_{2n} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \vdots \\ ca_{m1} & ca_{m2} & \ldots & ca_{mn} \end{pmatrix}$$
具体例
$$\begin{pmatrix}10 & 20 \\ 30 & 40 \end{pmatrix} =10\begin{pmatrix}1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}$$
スカラー倍の性質もまとめておきます。どれも明らかなものばかりです。
スカラー倍の性質
\(c\) をスカラー、 \(A,B\) を適切な型の行列とするとき、次が全て成り立つ。$$ \begin{aligned} &c(A+B)=cA+cB\\ &c(AB)=(cA)B=A(cB)\\ &(c+d)A=cA+dA\\ &(cd)A=c(dA)\\ &1A=A\\ &0A=O \end{aligned}$$
まとめ
行列には和・積・スカラー倍の3種類の演算が定義されています。この基礎を具体例を通してしっかり慣れていきましょう。線型代数学の面白いところはこれからです。 数学を専門的に学ばない人も、理系なら量子力学や統計学などの結果は使うことになります。これらには線型代数学の応用も散りばめられています。しかし、線型代数学自体は理解せずに進むことも可能です。実際のところ必要ではありません。ですが、よくわからずにその結果たちを利用するということになってしまいます。そうして構成する言葉はどこか不安定です。 どうせだったらきちんと理解して進む方がいいと思いませんか? 私は、具体例を多めにして理解しやすくなるように心がけています。今後も利用していただけると幸いです。コメントなどありましたら、YouTubeにてお待ちしています。