行列の積・スカラー倍の意味

行列の積・スカラー倍の意味

行列の積をなぜあのように定義するのか、疑問に思っている人もいるでしょう。今回はその疑問にお答えします。

線型関数と行列の対応

線型関数 \(f\) には行列が対応する。すなわち、$$
f:\mathbb K^n \rightarrow \mathbb K^m
\longleftrightarrow A \in M_{m,n}
$$対応関係は、$$
f\begin{pmatrix}y_1 \\ y_2 \\ \vdots \\ y_n\end{pmatrix}
=A\begin{pmatrix}y_1 \\ y_2 \\ \vdots \\ y_n\end{pmatrix}
, A=\begin{pmatrix}
f\begin{pmatrix}1 \\ 0 \\ \vdots \\ 0\end{pmatrix}&
f\begin{pmatrix}0 \\ 1 \\ \vdots \\ 0\end{pmatrix}&
\dots&
f\begin{pmatrix}0 \\ 0 \\ \vdots \\ 1\end{pmatrix}
\end{pmatrix}$$

実はこの対応は演算も含めた対応になっています。すなわち、この対応で演算は保存されるのです。

演算の保存

線型関数の[和・合成・スカラー倍]は行列の[和・積・スカラー倍]にそれぞれ対応する。すなわち、\(f,g\) を線型関数、 \(A,B\) を対応する行列、 \(c\) をスカラーとすると、$$
\begin{aligned}
f+g &\longleftrightarrow A+B\\
f\circ g &\longleftrightarrow AB \\
cf &\longleftrightarrow cA
\end{aligned}$$

逆に言えば、このように演算と対応するように行列の積は定義されているのです。これこそが行列の積をあのように定義する理由です。

具体例

行列 \(A_\theta=\begin{pmatrix}\cos \theta & -\sin \theta\\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}\) は、平面の \(\theta\) 回転を表す線型関数 \(f_\theta : \mathbb R^2 \rightarrow \mathbb R^2\) に対応している。\(f_\theta \circ f_\theta\) は \(2\theta\) 回転を表す。線型関数の合成と行列の積は対応しているから、$$
A_{2\theta}
=A_\theta A_\theta
=\begin{pmatrix}\cos \theta & -\sin \theta\\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos \theta & -\sin \theta\\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cos^2 \theta-\sin^2 \theta & -2\sin \theta \cos \theta \\ 2\sin \theta \cos \theta & \cos^2 \theta-\sin^2 \theta\end{pmatrix}$$
\(A_{2\theta}=\begin{pmatrix}\cos 2\theta & -\sin 2\theta\\ \sin 2\theta & 2\cos \theta \end{pmatrix}\) だから、 \(2\) 倍角の公式、\(\cos 2\theta=\cos^2 \theta-\sin^2, \sin 2\theta=2\sin \theta \cos \theta\) を得ることができた。

\(n\) 倍角の公式も同様に作ることができそうですね。

具体例

行列\(M=\begin{pmatrix}a & -b \\ b & a \end{pmatrix}\)を考える。\(r=\sqrt{a^2+b^2}, \cos \theta =a/r, \sin \theta =b/r\) とおけば、$$
M=\begin{pmatrix}r\cos \theta & -r\sin \theta\\ r\sin \theta & r\cos \theta \end{pmatrix}
=r\begin{pmatrix}\cos \theta & -\sin \theta\\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix}=rA_\theta
$$ゆえにこの行列 \(M\) は \(r\) 倍と\(\theta\) 回転を順次(順番はどちらでもよい)行う線型関数に対応する。

上の具体例は複素関数の複素微分を考えるときのコーシー・リーマン関係式の発想を与えます。今後をお楽しみに。

問題

今回挙げた線型関数と行列の対応において、演算が保存することを証明せよ。

(証明)
行列の分配法則によって、$$
(f+g)(\vec v)=f(\vec v)+g(\vec v)=A\vec v+B\vec v=(A+B)\vec v
$$これで和が保存されることが示せた。また、行列の積の結合法則によって、$$
(f\circ g)(\vec v)=f(g(\vec v))=A(B\vec v)=(AB)\vec v
$$これで合成が積に形を変えて保存されることが示せた。さらに、スカラー倍の性質によって$$
(cf)(\vec v)=c(f(\vec v))=c(A\vec v)=(cA)\vec v$$これでスカラー倍が保存されることが示せた。

行列の積やスカラー倍って何の意味があるのかという疑問に答える記事でした。そもそも線型関数がよくわからないという場合は過去の記事を見てください!