どのような行列も階数標準形に基本変形できます。これによって各行列に rank が定まります。rank を求めることで正則性や連立一次方程式の自由度、固有空間の次元、ジョルダン標準形など様々な性質が分かります。今回は正則性との関連を最終的に示します。
階数標準形
階数標準形
\((m,n)\) 型行列 \(A \in M_{m,n}(\mathbb K)\) が次のような形になっているとき、階数標準形であるという。
$$A=\begin{pmatrix} 1 & & & \\ & \ddots & & \\ & & 1 & & \\ & & & \Huge 0 \end{pmatrix}$$
また、\(1\) が \(r\) 個並んでいるとき、 \(\text{rank} A=r\) と表す。
具体例
$$\text{rank} \begin{pmatrix} 1 & & & \\ & 1 & & \\ & & 1 & \\ & & & 0 \end{pmatrix}=3$$
$$\text{rank} \begin{pmatrix} 1 & & & & 0 \\ & 1 & & & 0 \\ & & 1 & & 0 \\ & & & 1 & 0 \end{pmatrix}=4$$
$$\text{rank} \begin{pmatrix} 1 & & \\ & 1 & \\ & & 1\\ 0&0&0 \\ 0&0&0 \end{pmatrix}=3 $$
基本変形
特定の方法で行列を扱いやすい形(階数標準形など)にすることができます。この特別な変形を基本変形といいます。具体的には以下の通りです。
基本変形
- 行の入れ替え
- \(0\) でないスカラーによる行のスカラー倍
- ある行に別の行のスカラー倍を加えること
- 列の入れ替え
- \(0\) でないスカラーによる列のスカラー倍
- ある列に別の列のスカラー倍を加えること
具体例
- 行基本変形の例
- 第 \(1\) 行と第 \(2\) 行の入れ替え
$$
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
\rightarrow\begin{pmatrix}
2&2&2&2\\ 1&1&1&1\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$
- 第 \(2\) 行を \(10\) 倍
$$
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
\rightarrow
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 32&32&32&32\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$
- 第 \(2\) 行に第 \(3\) 行の \(10\) 倍を加える
$$
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
\rightarrow
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 20&20&20&20\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$
- 列基本変形の例
- 第 \(1\) 列と第 \(2\) 列を入れ替え$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}
\rightarrow
\begin{pmatrix}
2&1&3&4\\ 2&1&3&4\\ 2&1&3&4 \end{pmatrix}
$$
- 第 \(2\) 列を \(10\) 倍
$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}
\rightarrow
\begin{pmatrix}
1&20&3&4\\ 1&20&3&4\\ 1&20&3&4 \end{pmatrix}
$$
- 第 \(3\) 列に第 \(2\) 列の \(10\) 倍を加える$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}
\rightarrow
\begin{pmatrix}
1&2&23&4\\ 1&2&23&4\\ 1&2&23&4 \end{pmatrix}
$$
問題
基本変形を繰り返して次の行列 \(A\) を階数標準形にせよ。$$
A=\begin{pmatrix}1&1&2\\2&2&5\\3&3&6\end{pmatrix}$$
(計算)$$
\begin{aligned}
&\begin{pmatrix}1&1&2\\2&2&5\\3&3&6\end{pmatrix}\rightarrow
\begin{pmatrix}1&1&2\\0&0&1\\3&3&6\end{pmatrix}\rightarrow
\begin{pmatrix}1&1&2\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}\\\rightarrow
&\begin{pmatrix}1&0&2\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}\rightarrow
\begin{pmatrix}1&0&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}\rightarrow
\begin{pmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&0\end{pmatrix}
\end{aligned}$$(計算終了)
上の問題内の状況では、\(A\) を基本変形すると次の階数標準形にできることが分かりました。$$\begin{pmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&0\end{pmatrix} $$
このとき、次のように表します。$$\text{rank} A=2$$
行列 \(A\) の階数 rank \(A\)
\(A\) を基本変形で階数標準形にしたとき、その階数標準形に並んでいる \(1\) の個数を \(A\) の階数といい、 \(\text{rank} A\) と表す。
具体例
行の基本変形のみで、次のような形(階段行列)に変形できたとする。$$
\left(
\begin{array}{ccccccccc}
1&*&*&*&*&*&*&*&*\\
0&0&1&*&*&*&*&*&*\\
0&0&0&0&0&1&*&*&*\\
0&0&0&0&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&0&0&0&0
\end{array}
\right)
$$この場合は階数(rank)は \(3\) であると断言してもよい。列に関する基本変形を行えば、$$
\left(
\begin{array}{ccccccccc}
1&0&0&0&0&0&0&0&0\\
0&1&0&0&0&0&0&0&0\\
0&0&1&0&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&0&0&0&0
\end{array}
\right)
$$
この階数標準形にできることが明らかだからである。
ただし、基本変形は色々ありますから、最終的な結果である階数標準形がいつでも同じものになるとは(この時点では)限りません。でも安心してください。実は、どのような基本変形を選んでも、最終的には同じ結果(同じ階数標準形)になることが証明できます。それは次の基本行列を介して証明できるので、次の記事で行います。今回の記事では、rank と正則性の関係を明らかにしていきます。その際、階数標準形の一意性を使うことはありませんのでご安心ください。
基本行列
基本行列とは
基本行列とは、単位行列を基本変形してできた \(n\) 次正方行列のことです。
単位行列 \(E_n\) を基本変形 \(\longrightarrow\) 基本行列
具体的には次の通りです。
基本行列
以下の \(3\) 種の正方行列 \(P_n(i,j), Q_n(i;c), R_n(i,j;c) \in M_n(\mathbb K)\) を \(\mathbb K \) 係数の基本行列という。
$$P_n(i,j)=\left(
\begin{array}{ccc|ccccc|ccc}1&&&\mbox{第}i\mbox{列}&&&&\mbox{第}j\mbox{列} \\
&\ddots &&\downarrow&&&&\downarrow\\ &&1\\ \hline
&\mbox{第}i\mbox{行}\rightarrow&&0&&&&1\\
&&&&1\\&&&&&\ddots\\&&&&&&1\\
&\mbox{第}j\mbox{行}\rightarrow&&1&&&&0\\ \hline
&&&&&&&&1\\
&&&&&&&&&\ddots \\
&&&&&&&&&&1
\end{array}\right) (i\neq j)$$
$$Q_n(i;c)=\left(
\begin{array}{cccccccc}
1\\
&\ddots&&\mbox{第}i\mbox{列}\\
&&1&\downarrow\\
&\mbox{第}i\mbox{行}&\rightarrow&c\\
&&&&1&&\\
&&&&&&\ddots&\\
&&&&&&&1
\end{array}\right) (c \in \mathbb K, c\neq 0)$$
$$R_n(i,j;c)=\left(
\begin{array}{cc|ccc|cc}
1&&\mbox{第}i\mbox{列}&&\mbox{第}j\mbox{列}\\
&\ddots&\downarrow&&\downarrow&&\\ \hline
\mbox{第}i\mbox{行}&\rightarrow&1&&c&&\\
&&&\ddots&&&\\
\mbox{第}j\mbox{行}&\rightarrow&&&1&&\\ \hline
&&&&&\ddots&\\
&&&&&&1
\end{array}\right) (c \in \mathbb K, i\neq j)$$
- \(P_n(i,j)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(i\) 行と第 \(j\) 行を入れ替えたもの
- \(P_n(i,j)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(i\) 列と第 \(j\) 列を入れ替えたもの
- \(Q_n(i;c)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(i\) 行を \(c\) 倍したもの
- \(Q_n(i;c)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(i\) 列を \(c\) 倍したもの
- \(R_n(i,j;c)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(i\) 行に第 \(j\) 行を \(c\) 倍して加えたもの
- \(R_n(i,j;c)\) :単位行列 \(E_n\) の第 \(j\) 列に第 \(i\) 列を \(c\) 倍して加えたもの
(\(i, j\) が行に関する主張と逆になっているので注意!)
ただし、\(R_n(i,j;c)\) は単位行列 \(E_n\) の第 \((i,j)\) 成分が \(c\) になったものと見た方が分かりやすいかもしれません。
具体例
$$P_3(1,2)=\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0 \\
& & 1
\end{pmatrix},
P_3(2,3)=\begin{pmatrix}
1 \\
& 0& 1 \\
& 1&0
\end{pmatrix},
P_3(1,3)=\begin{pmatrix}
0& & 1 \\
& 1 \\
1&&0
\end{pmatrix}
$$
$$Q_3(1;10)=\begin{pmatrix}
10\\
&1\\
&&1
\end{pmatrix},
Q_3(2;-10)=\begin{pmatrix}
1\\
&-10\\
&&1
\end{pmatrix},
Q_3(3;-10)=\begin{pmatrix}
1\\
&1\\
&&-10
\end{pmatrix}
$$
$$R_3(1,2;5)=\begin{pmatrix}
1&5\\
&1\\
&&1
\end{pmatrix},
R_3(2,3;5)=\begin{pmatrix}
1\\
&1&5\\
&&1
\end{pmatrix},
R_3(3,1;5)=\begin{pmatrix}
1\\
&1\\
5&&1
\end{pmatrix}
$$
問題
次の式を計算して確かめよ。
$$P_2(1,2)=Q_2(1;-1)R_2(2,1;1)R_2(1,2;-1)R_2(2,1;1)$$
(計算)右辺を計算する。
$$\begin{eqnarray}
\begin{pmatrix}-1\\ & 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}1\\ 1& 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}1&-1\\ & 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}1\\ 1& 1\end{pmatrix}
&=&\begin{pmatrix}-1\\ & 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}1\\ 1& 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}&-1\\ 1& 1\end{pmatrix}\\
&=&\begin{pmatrix}-1\\ & 1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}&-1\\ 1\end{pmatrix}\\
&=&\begin{pmatrix}&1\\ 1\end{pmatrix}
\end{eqnarray}$$これは左辺に等しい。(計算終)
※実は、同様の等式
$$P_n(i,j)=Q_n(i;-1)R_n(j,i;1)R_n(i,j;-1)R_n(j,i;1)$$が成り立つ。つまり、 \(P_n\) は \(Q_n,R_n\) たちで代用できるということになる。この事実はしばらくは使わないので証明しないが、これは証明よりも事実が大事である。
基本行列を他の行列にかけると相手を基本変形させます。そのときの変形の仕方には規則があります。
基本行列との積
行列 \(A \in M_{m,n}\) と基本行列の積は次のようになる。
- \(P_m(i,j)A\) :\(A\) の第 \(i\) 行と第 \(j\) 行を入れ替えた行列
- \(Q_m(i;c)A\) :\(A\) の第 \(i\) 行を \(c\) 倍した行列
- \(R_m(i,j;c)A\) :\(A\) の第 \(i\) 行に第 \(j\) 行の \(c\) 倍を加えた行列
- \(AP_n(i,j)\) :\(A\) の第 \(i\) 列と第 \(j\) 列を入れ替えた行列
- \(AQ_n(i;c)\) :\(A\) の第 \(i\) 列を \(c\) 倍した行列
- \(AR_n(i,j;c)\) :\(A\) の第 \(j\) 列に第 \(i\) 列の \(c\) 倍を加えた行列
(最後だけ \(i, j\) が行に関する主張と逆になっているので注意!)
- 基本行列を \(A\) の左からかける→行に関する基本変形
- 基本行列を \(A\) の右からかける→列に関する基本変形
具体例
$$
\begin{pmatrix}
&1\\1\\ &&1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
2&2&2&2\\ 1&1&1&1\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$$$\begin{pmatrix}
1\\&10\\ &&1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 20&20&20&20\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$$$\begin{pmatrix}
1\\&1&10\\ &&1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 2&2&2&2\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
1&1&1&1\\ 32&32&32&32\\ 3&3&3&3 \end{pmatrix}
$$
$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
&1\\1\\ &&1\\ &&&1\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
2&1&3&4\\ 2&1&3&4\\ 2&1&3&4 \end{pmatrix}
$$$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}\begin{pmatrix}
1\\&10\\ &&1\\&&&1\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
1&20&3&4\\ 1&20&3&4\\ 1&20&3&4 \end{pmatrix}
$$$$\begin{pmatrix}
1&2&3&4\\ 1&2&3&4\\ 1&2&3&4 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1\\&1&10\\ &&1\\ &&&1\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
1&2&23&4\\ 1&2&23&4\\ 1&2&23&4 \end{pmatrix}
$$
基本行列の正則性
基本行列は正則です。つまり、逆行列が存在します。しかも、逆行列もまた基本行列になります。
基本行列の正則性
- 基本行列は正則である。
- 基本行列の逆行列も基本行列である。
$$
\begin{aligned}P_n(i,j)^{-1}&=P_n(i,j)\\
\\
Q_n(i;c)^{-1}&=Q_n(i;c^{-1})\\
\\
R_n(i,j;c)^{-1}&=R_n(i,j;-c)
\end{aligned}$$
基本変形が可逆的な操作なので、基本行列が正則なのは当然だと思えるでしょう。
具体例
$$\begin{aligned}
\begin{pmatrix}&&1\\&1\\1\end{pmatrix}^{-1}&=\begin{pmatrix}&&1\\&1\\1\end{pmatrix}\\
\\
\begin{pmatrix}1\\&c\\&&1\end{pmatrix}^{-1}&=\begin{pmatrix}1\\&c^{-1}\\&&1\end{pmatrix} (c\neq 0)\\
\\
\begin{pmatrix}1\\&1&c\\&&1\end{pmatrix}^{-1}&=\begin{pmatrix}1\\&1& -c\\&&1\end{pmatrix}
\end{aligned}$$
積の正則性
正則な行列 \(A\), \(B\) の積 \(AB\) は、正則な行列になる。逆行列は次の式で求められる。$$
(AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}$$
問題
正則な行列 \(A\), \(B\) の積 \(AB\) が正則であることを示せ。
(証明)
\(C=B^{-1}A^{-1}\) とおく。この \(C\) が \(AB\) の逆行列であることを示せばよい。
$$\begin{aligned}
&(AB)C=ABB^{-1}A^{-1}=AA^{-1}=E\\
\\
&C(AB)=BAA^{-1}B^{-1}=BB^{-1}=E
\end{aligned}$$
よって、 \(AB\) が正則であることが分かり、逆行列は \((AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}\).
(証明終)
基本行列は正則ですから、次のことが言えます。
正則性とrank
正則性とrank
\(n\) 次正方行列 \(A \in M_n\) に対して、次が成り立つ。
- \(\text{rank} A = n \Longrightarrow \) \(A\) は正則である
- \(\text{rank} A < n \Longrightarrow \) \(A\) は正則でない
ゆえに、\(\text{rank} A = n \Longleftrightarrow \) \(A\) は正則行列
問題
- 次の命題を示せ。
\(\text{rank} A = n \Longrightarrow \) Aは正則である
- (証明)
\(\text{rank} A = n\) とする。このとき、\(A\) の階数標準形は単位行列 \(E\) である。\(A\) を階数標準形にするときの基本変形は、対応する基本行列 \(P_1, P_2, … , P_k,\) \(Q_1, Q_2, … ,Q_l\) との積として表せるから、
$$P_1…P_kAQ_1…Q_l=E$$
\(P=P_1…P_k,\) \(Q=Q_1…Q_l\) とおくと、これらは基本行列の積だから正則である。したがって、
$$\begin{aligned}PAQ&=E\\A&=P^{-1}Q^{-1}\end{aligned}$$ゆえに \(A\) は正則である。(証明終)
問題
- 次の命題を示せ。
\(\text{rank} A < n \Longrightarrow \) Aは正則ではない
- (証明)
\(\text{rank} A < n\) とする。先ほどと同様に \(A\) を階数標準形にするときの基本変形を、対応する基本行列 \(P_1, P_2, … , P_k,\) \(Q_1, Q_2, … ,Q_l\) で表し、\(P=P_1…P_k,\) \(Q=Q_1…Q_l\) とおくと$$PAQ=\begin{pmatrix}1\\&\ddots \\&&1\\&&&0\\&&&&\ddots \\&&&&&0\end{pmatrix}$$\(\text{rank} A < n\) より、右辺の階数標準形は単位行列 \(E\) ではない。\(P, Q\) はもとより正則だから、もし、\(A\) が正則なら、\(PAQ\) が正則になる。しかし、右辺の階数標準形は単位行列でないから、正則ではない。したがって、\(A\) は正則ではない。(証明終)
(階数標準形の内、正則であるものは単位行列 \(E\) に限る。つまりそれ以外の階数標準形 \(B\) は正則でない。もし、この \(B\) に逆行列があれば、\(BB^{-1}=E\) の両辺の第\((n,n)\)成分を見れば矛盾が導ける。その際、\(B\) の第 \(n\) 行の成分が全て \(0\) であることを用いる。)
具体例
$$A=\begin{pmatrix}1&1&2\\2&2&5\\3&3&6\end{pmatrix}$$を基本変形すると次の階数標準形になる$$\begin{pmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&0\end{pmatrix} $$したがって、$$\text{rank} A=2<3$$よって、\(A\) は正則ではない。
rank を計算するだけで、正則かどうか判定できるので、この命題は重宝します。さらに次のことが言えます。
問題
上の命題を示せ。
(証明)
\(n\) 次正則行列 \(A\) に対し、\(\text{rank} A =n\) であるから基本行列の積 \(P,Q\) を用いて$$\begin{aligned}PAQ&=E\\A&=P^{-1}Q^{-1}\end{aligned}$$ただし、\(P,Q\) が正則であることを用いている。基本行列の逆行列も基本行列であることから、最後の等式から \(A\) が基本行列の積で表せると言える。(証明終)
今回、この \(2\) つの命題が証明できたので、正則行列とは基本行列の積に他ならないということが分かりました。正則行列とは「逆行列が存在する行列」という定義だったので、基本行列の積で表せるものに限るということは意外だったのではないでしょうか?
まとめ
- 階数標準形 \(\begin{pmatrix} 1 & & & \\ & \ddots & & \\ & & 1 & & \\ & & & \Huge 0 \end{pmatrix}\) の rank とは、対角線上に並ぶ \(1\) の個数のことである。
- どのような行列も「基本変形」という操作で階数標準形にできる。
- 一般の行列の rank は基本変形を繰り返して到達した階数標準形の rank で定義する。
- 基本変形には対応する基本行列がある。
- \(n\) 次正方行列の正則性は、rank の値で判定できる。
- \(\text{rank} A=n\Longleftrightarrow A\) は正則