行列を初めて学ぶ

線型関数の和・合成

実数に和や積などの演算があるように、関数にも和や合成といった演算があります。

関数の和・合成

①\(n\)変数\(m\)次元ベクトル値関数\(f,g\)に対して、新たな関数\(h\)を$$
h(\vec{v}):=f(\vec{v})+g(\vec{v})
$$として定める。\(h=f+g\)とかき、これを関数\(f,g\)の和という。

②\(n\)変数\(m\)次元ベクトル値関数\(g,\) \(m\)変数\(l\)次元ベクトル値関数\(f\) (\(\mathbb{R} ^{n}\xrightarrow{g} \mathbb{R} ^{m}\xrightarrow{f} \mathbb{R} ^{l}\))に対して、新たな関数\(h\)を
$$h(\vec{v}):=f(g(\vec{v})) (\mathbb{R} ^{n}\xrightarrow{h} \mathbb{R} ^{l})
$$として定める。\(h=f\circ g\)(エフまるジー)とかき、これを関数\(g,f\)の合成という。
※\(\mathbb{R}\)は実数(Real number)の集合です。\(\mathbb{R}^{n}\)は\(n\)個の実数を縦に並べてできるベクトルの集合を表します。

具体例

\(f:\mathbb{R} ^{2}\rightarrow \mathbb{R} ^{3}\) を \(\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}\mapsto \begin{pmatrix} x \\ y \\ xy \end{pmatrix},\) \(g:\mathbb{R} ^{2}\rightarrow \mathbb{R} ^{3}\) を \(\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}\mapsto \begin{pmatrix} y \\ x \\ xy \end{pmatrix}\) とすれば、\(f,g\)の和は、\(\left( f+g \right) \begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} x+y \\ x+y \\ 2xy \end{pmatrix}\)

\(f:\mathbb{R} ^{2}\rightarrow \mathbb{R} ^{3}\) を \(\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}\mapsto \begin{pmatrix} x^{2}-y^{2} \\ 2xy \\ x^{2}+y^{2} \end{pmatrix},\) \(g:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} ^{2}\) を \(\theta \mapsto \begin{pmatrix} \cos \theta \\ \sin \theta \end{pmatrix}\) とすれば、\(g,f\)の合成は、\(f\circ g\left( \theta \right) =\begin{pmatrix} \cos 2\theta \\ \sin 2\theta \\ 1 \end{pmatrix}\)

ただの関数ではなく、線型性をもつ関数を考えると、次が分かります。

線型関数の和・合成

①\(n\)変数\(m\)次元ベクトル値関数\(f,g\)が線型性をもつならば、和\(h=f+g\)も線型性をもつ。

②\(n\)変数\(m\)次元ベクトル値関数\(g,\) \(m\)変数\(l\)次元ベクトル値関数\(f\)がそれぞれ線型性をもつならば、合成\(f\circ g\)も線型性をもつ。

問題

線型関数の和・合成がまた線型性をもつことを示せ。

略解)
和の線型性(の一部)
$$
\begin{aligned}
(f+g)(\vec{v}+\vec{w})&=f(\vec{v}+\vec{w})+g(\vec{v}+\vec{w}) \\
&=f(\vec{v})+f(\vec{w})+g(\vec{v})+g(\vec{w}) \\
&=f(\vec{v})+g(\vec{v})+f(\vec{w})+g(\vec{w}) \\
&=(f+g)(\vec{v})+(f+g)(\vec{v})
\end{aligned}
$$
合成の線型性(の一部)
$$
\begin{aligned}
f\circ g(\vec{v}+\vec{w})&=f(g(\vec{v}+\vec{w}))\\
&=f(g(\vec{v})+g(\vec{w}))\\
&=f(g(\vec{v}))+f(g(\vec{w}))\\
&=f\circ g(\vec{v})+f\circ g(\vec{w})
\end{aligned}
$$

行列の和・積

行列の和は非常に単純です。

行列の和

型が同じときだけ、行列の和を考える。行列\(A,B\)の和\(A+B\)は各成分同士の和を成分にもつ行列になる。

具体例

$$
\begin{aligned}
\begin{pmatrix} a \\ c \end{pmatrix}+\begin{pmatrix} b \\ d \end{pmatrix}&=\begin{pmatrix} a+b \\ c+d \end{pmatrix}\\

\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}+\begin{pmatrix} p & q \\ r & s \end{pmatrix}&=\begin{pmatrix} a+p & b+q \\ c+r & d+s \end{pmatrix}\\

\begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{pmatrix}+\begin{pmatrix} 9 & 8 & 7 \\ 6 & 5 & 4 \end{pmatrix}&=\begin{pmatrix} 10 & 10 & 10 \\ 10 & 10 & 10 \end{pmatrix}
\end{aligned}
$$

和だけを見て行列の計算が簡単だと侮ってはいけません。行列の積は少し複雑です。

行列の積

\((m,n)\)型行列\(A\)と\((n,l)\)型行列\(B\)の積\(AB\)は「ある規則」で計算し、\((m,l)\)型行列になる。

ある規則」の説明の前に以下の具体例を見てください。

具体例

$$
\begin{aligned}
\begin{pmatrix} a & b \end{pmatrix}\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} &=ax+by \\

\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} &=\begin{pmatrix} ax+by \\ cx+dy \end{pmatrix}\\

\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} x & z \\ y & w \end{pmatrix} &=\begin{pmatrix} ax+by & az+bw \\ cx+dy & cz+dw \end{pmatrix}
\end{aligned}
$$

3つの具体例をあげましたが、1つ目の計算をしっかり念頭においてください。そして2つ目、3つ目を観察してください。「ある規則」をつかめてくるはずです。

行列の積の規則

$$\begin{pmatrix}
① & \rightarrow \\
② & \rightarrow
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
❶ & ❷ \\
\downarrow & \downarrow
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
行①列❶ & 行①列❷ \\
行②列❶ & 行②列❷
\end{pmatrix}
$$

単純に各成分同士の積ではないのです。初めて学ぶ人は気を付けてください。なぜこのような規則で計算するのか、その理由も説明します。まずは計算問題を解いて感覚をつかみましょう。

問題

次の行列の積を計算せよ。
\(
①\begin{pmatrix}
2 & 3 \\
3 & 4
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
3 & 5 \\
2 & 6
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
12 & 28 \\
17 & 39
\end{pmatrix}
\)

\(
②\begin{pmatrix}
-1 & -3 \\
7 & 2
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
0 & -2 \\
9 & -3
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
-27 & 11 \\
18 & -20
\end{pmatrix}
\)

\(
③\begin{pmatrix}
1 & 2 \\
3 & 4
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
x+2y \\
3x+4y
\end{pmatrix}
\)

\(
④\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\)

\(
⑤\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\)

注:④と⑤は\(\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{pmatrix}
\)が積をとっても相手を変えないという性質を持つことを示しています。この行列を単位行列といいます。

次の行列の積も計算できます。

問題

次の行列の積を計算せよ。
①\(
\begin{pmatrix}
a \\
b
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
p & q
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
ap & aq \\
bp & bq
\end{pmatrix}
\)

②\(
\begin{pmatrix}
a \\
b \\
c
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
p & q
\end{pmatrix}
\)
答.\(
\begin{pmatrix}
ap & aq \\
bp & bq \\
cp & cq
\end{pmatrix}
\)

線型関数と行列の関係

線型関数\(f\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} ax+by \\ cx+dy \end{pmatrix}\)に対応する行列は\(
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\)です。これらは次の等式で結ばれています。

線型関数と対応する行列の関係式

$$f\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y
\end{pmatrix}
$$

また、線型関数の和・合成も線型関数です。実は、行列の和・積はこれらと綺麗に対応しています。

線型関数の和・合成と行列の和・積の関係

$$\begin{aligned}A &\longleftrightarrow f \\
B &\longleftrightarrow g
\end{aligned}$$上図のように線型関数\(f,g\)に行列\(A,B\)がそれぞれ対応しているとする。このとき、
$$\begin{aligned}
A+B &\longleftrightarrow f+g \\
AB &\longleftrightarrow f\circ g
\end{aligned}$$のように線型関数の和行列の和に、線型関数の合成行列の積に対応している。

このような対応関係がつくようにするために、行列の和や積を定めているというわけです。特に「ある規則」で計算した行列の積の定義はここに由来していると考えられます。